ヒストリー

スタイリストになるまで

私は元々建築業に就職をしましたが、自分がその職で生涯続けるイメージができず、就職間も無く美容師に転職をしました。

それまで理容店しか行ったことがないのになぜ美容院だったのかは未だに謎ですが、
漠然と美容師になりたいと思って飛び込んだのがこの世界です。

初めて働いたサロンでは10時から23時まで営業、24時までミーティング、27時まで練習と言った今では考えられない環境でした。
今考えたら良くやっていたなと思いますが、美容業界を何も知らない自分にとっては、これが当たり前と思っていたことと、
転職しているから辞められないというがけっぷちが良かったのかもしれません。

そして、その年にカリスマ美容師ブームが到来し、資格に厳しくなったことと、2年間の遅れを取り戻すために、
早期資格取得を考えていましたので、夜間部のある学校に進むことにしました。
静岡には夜間部がなく、東京では家賃を払い生活しながら学校へ通う事が困難と思い、名古屋の学校を選択した記憶があります。

名古屋で最初に勤めたサロンは、
お客様と話さなくても怒られない、
フロアをタラタラ歩いていても怒られない、
スタッフもお客様も笑ってない、
アシスタントながら、こんな店があるなんて、衝撃を受けました。
接客が全くできなく自信がなかった自分でも『自分がお店の雰囲気を変えなきゃ』と危機感を覚え、
少しでも楽しくお話をするということを学べてよかったです。

店内のミーティングでは、「接客で笑顔がない」、「お客様がつまらなさそう」、「活気がない」と発言し、先輩には嫌われましたが、
接客が苦手な自分でもお客様を楽しませることができるようになっていったことで、少しずつ自信に繋がりました。

アシスタントの頃は、サロン業務→学校→サロンで練習→帰宅、という日々でしたが、技術を覚えたい一心で、必死になれたので、
美容学校を卒業するまでにアシスタント業務は熟せ、卒業後まもなくスタイリストデビューする事ができたのです。

店長になるまで

私は結婚式場でのバイトが長かった事もあり、見た目に反して丁寧すぎる言葉使いで、
上司から「もっと見た目に合った言葉使いで話せ。」と言われた事もありました。
「そうですか?」でなく、「そうなんスか?」
とか、
「ホントですか?」でなく、「マジすか?」
で良いと言われ頑張って使っていた20代も、今となれば笑い話です。

23歳で友人の保証人引き受けてしまいカツカツの時もありましたが、
指名客を伸ばすために必死に技術を磨けたことで、大きな成長につながりました。

24歳の頃には、東京のカリスマ美容師を育てたという方にドライカットの極意を学び、
自身のカット理論に大きく影響し、これが将来的に独自の技法に展開していく事となります。

この頃から、髪を切る理論から削って創る理論に変わり、接客、技術面に自信がつき、
26歳になる頃にはスタイリストの中でトップの実績に登り積める事ができたのです。

今となれば、負けず嫌いが良い方に向いてくれたことと、ピンチはチャンスというポジティブ精神が良かったのかもしれません。

年々、好きな仕事がさらに好きになり、売り上げの少ないお店を伸ばすという事への楽しみを覚え、
店長を引き受ける事になったのもこの時期です。

独立を決意するまで

当時26歳で店長になり、スタッフの教育に伸び悩んでいた頃、人を育てる事を学びたいと思い、塾でアルバイトを始めました。

生徒さんには、言葉で教える事は当たり前ですが、どのように言ったら理解してくれるのか、どんな言葉でやる気になるのか、
いろいろ考えました。

そして、約2年間で色々と感じ、学べたことは、『伝える』です。

サロンでは、スタッフに対し自分が求めるから思い通りにならない事でストレスが溜まり『怒る』という感情になっての指導になっていました。
自分がそのように指導を受けてきたからという事もありますが、自分も同じ方法を取らなくても良かったのです。

この頃から、全て自分がやって当たり前、誰かが手伝ってくれたらありがとうございます。
自分に足りなかった事に気づいた事で、自分を取り巻く環境がすごく変わりました。

スタッフとのコミュニケーションが増え、今まで以上に活気づき、意思が伝わるようになって、
自分が少し変わるだけで周りを変える事を知れて本当に良かったと思います。

任されたお店に関しては、広告や宣伝をせずとも、紹介でお客様を増やす事ができ、
目標3年の計画が2年で140%の実績を作れた事も、大きな自信になりました。

他の店長は皆、先輩店長の方々でしたが、売り上げ、成長率、再来率で実績をあげた事を店長会議で評価して頂き、
後に店長会議を任されるようになり、自分の仕事への想いやサービスの心得を強く広める環境を頂いた事も良い経験として、今でも感謝しています。

そして、お店を伸ばす為に必要な事を伝える事ができ、たくさんの学びを頂いたサロンから独立に向けて意識し動き出した時期がこの頃です。

オープンに至るまで

30歳になる頃には、会社に大きく貢献したということで、保証金だけで譲って頂くという話を頂きましたが、
契約の段階で値段をかなり上乗せされた事もあり、この店舗での独立は諦めた記憶があります。

その後、知り合いの化粧品会社の社長さんが代わりに買い取って任せてくれるという上手い話に乗ってしまった結果、
経営権が変わった瞬間にお店の権利そのものを持っていかれたこともありました。すぐ人を信用してしまうのも問題です。

おいしい話は簡単に乗ってはいけないと、改めて学びました。

それから色々とテナントを探し、1階でなく2階で、通行人が入ってきにくい物件を探していました。
もちろん、そんな都合の良い物件などなかなか見つかりません。
テナントが見つかるまでは、派遣美容師として色々なサロンへ行き、技術、接客、サービス、人柄など良い面悪い面をたくさん見ることができました。
この期間があって、より自分の理想が明確にする事ができたので、オープンする前に良い時間を頂けて良かったです。

そんな中、お客様が昔通っていたサロンに、隠れ家的お店があったと教えて頂いたのが今のサロンになります。

即、問い合わせをし、テナントを見せてもらった瞬間、直感でここだと感じました。
場所、広さ、空間、色々イメージできたので、迷わなかったです。

看板のデザイン、店内の内装、使う商材、自分の理想が形になっていく過程のワクワク感は今でも忘れません。

そして、自分の理想を全て詰め込んだサロン、2009年2月20日にOPENを迎える事ができました。

3年継続の壁

石の上にも3年と言いますが、今ほどSMSはなく、個人情報も持ち出せなかったうえ、広告も出さずオープンを迎えたので、2、3ヶ月はとても厳しい日々でした。

当時レジ金が全財産だった為、1日100円で1週間過ごした時期もあり、電話も2回止められる時期もありました。

今では笑い話ですが、
カラーのお客様が来店された時、売り揚げは残すべきなのですが、自分へのご褒美と行ってランチに行ったりして、
危機感がなかったことが不思議です。

そんな日々もありましたが、徐々に紹介の方からさらに紹介を頂き、なんとか乗り越える事ができました。

今のコンセプトに至るまで

サロンでの会話で、カフェやお出かけの話は誰とでもできますが、髪についての話はサロンでないとできません。
髪はどの様に手入れをすると扱いやすいのか、カットのラインはどう作ったらより似合わせられるのか、正しいホームケアはできているのかなど、
お客様の求める情報を提供する事が大切に思います。

カット+カラー+トリートメントは単価が高く、商品のラインナップを揃えると、かなりの利益に繋がります。
しかし、お客様にとっては、お金と時間の負担を与えているので良心的ではありません。

個人的意見ですが、カット+カラーだけで髪が綺麗になれば時間、コスト、髪質が良くなり、お客様にとって一石三鳥です。

その為にはカラーリングによる髪への負担をいかになくすかがキーワードになります。

専門的な話になりますが、
アルカリを下げpHを調節することで、キューティクルの膨張を最小限に抑えることができます。
そして、適量な塗布量でオーバータイムなく仕上げることができます。
方法は様々ですが、酢酸や酸性水を使用したり、オキシを4.8%に下げてみたり髪質や状態に合わせて使い分けることで、
カラーをしても髪への負担が非常に少なくなるのです。

カラーしても髪への負担が最小限であれば、トリートメントはいりません。
そのため、今ではトリートメントをされるお客様がいなくなるほどまでになりました。
これが、経営的にはマイナスですが、職人からしてみたら最高です。

3周年を迎える頃には、お店が成長期に入り、美髪に特化したコンセプトの基盤ができたのです。

美髪へのこだわり

美髪専門のサロンとして活動を始めてから、今まで以上に髪の悩を持つ方が増え、県外の方も多くみえる様になりました。

どこのサロンに通っても解決できない悩みを改善することに達成感を覚えてしまい、今は人生で一番キレイな髪にするが口癖です。

サロンでは良くても自宅で再現できないスタイルより、乾かすだけでスタイルが作れたらより良いと思い、
髪質を生かしたスタイルを作る様になりました。
カットに関しては、頭の形をカットで作る理論です。
表面に段を入れずにツヤ感を残し、毛先は束感や動きを出やすく作ります。

クセ毛で悩む方は、クセを生かしたスタイルか、縮毛矯正で自然なストレートに分かれます。
個人的には、誰よりもキレイな髪にできるストレートの方をつくりたいです。

そして、カラーに関しては、
髪に色味的ツヤ感、キューティクルのツヤ、髪の周りを保護したツヤといった3つの工程をすることで、
カラーの度に髪がキレイになるところまでたどり着きました。

美髪作りは、負担を与えない、無駄を省く、しかありません。

余分なことをなくすことで、髪はキレイになりますので、それを美容師さんに理解し知って頂きたいという想いから今の活動が始まりました。

シャンプーをつくるまで

今まで、メーカーさんから良いと言われる商材をたくさん進められ、良いと思って使っていました。
もちろん悪くはないのですが、もう少しこうだったらいいのに、こんな成分もあればいいのになど、もっと良いものを求めてしましました。

サロンで仕上がりの時は良いのに、再度来店された時は髪がバサバサは当たり前で、毎回システムトリートメントをして頂くも、
ツヤは一時的で数日で元通りです。これも普段のシャンプーにより大きく左右します。

普段の生活からの髪のダメージは何が大きく影響するかを突き詰めた時に、シャンプーの洗浄成分でした。

なぜかというお話も少しお話ししますと、
細胞学、毛髪科学を学び、髪のダメージや原因を追求していくにつれて、なぜトリートメントが必要なのか、その前になぜ髪が傷むのか、
そして、大きなダメージの原因となるカラーリングやパーマネントウエーブのアルカリですが、
シャンプーを繰り返すことで小さなダメージが積み重なり、大きいなダメージになるのです。

これ以外も摩擦、紫外線、熱と言った事もありますが、一番大きく影響するシャンプーが重要と思い、開発に入りました。

シャンプーへのこだわり

シャンプーは、石油性の界面活性剤がほとんどです。
無添加と言っても旧表示指定成分を含んでいなければ無添加と謳っているので、無添加=良い、ではありません。
オーガニック=安心、でもありません。
結局は刺激成分がどの程度含まれるかということなので、どの割合で配合するか、どの成分を組み合わせるかが大切なのです。

結論からすると、洗浄成分が唯一の皮膚や髪に負担をかける成分なので、特に洗浄成分をこだわりました。
・サトウキビから抽出したアミノ酸をメインの洗浄成分として、弱酸性pH5.75に設定し、髪や皮膚とpHを極力近づける事で、最大限にダメージを減らす
・ヒアルロン酸とグリセリンを組み合わせることで保湿力を高め、さらにローズウォーターにより高濃度保湿力をする
・プラセンタエキスにより髪痩せを防ぐ
・ビワ葉エキスとユビキノンにより頭皮環境を整える
・香料を使わず皮膚に優しい精油にて香付けする
ほとんど美容液成分です。17回繰り返し試作をしてやっと完成に至りました。

もちろん個人差や好みもありますが、自分の美髪への想いが込もった自信作です。

売りたいというより、自分が欲しいシャンプーを作っただけでしたが、基本口コミからの販売がほとんどですので、本当に嬉しい限りです。

最近は、RAYSILKシャンプーをオリジナルブランドで出したいというお話を多く頂くので、サロン様とお客様に美髪をお届けできる事も嬉しく思います。

最後に

美容師という仕事は髪を綺麗にする事で、お客様のモチベーションもあげられる職業の1つです。
そして我々美容師は、お客様と接している距離が近く、な情報交換や相談事など親密度も高いので、お客様の容姿も心もケアできる環境にいます。
学べば学んだ分だけ喜んで頂ける方が増えるので、それがこの仕事のやりがいです。
これからもより良いサービスができるように邁進していけるよう努めたいと思います。

長々と最後までお読み頂き、ありがとうございました。